福島7年以上経過しての初めての視察。『復興』の現状を見て来ました。

こんにちは!! 芋川 ゆうき です。

4月某日、震災後初めて福島県に視察に行きました。

恥ずかしながら7年経過してからの初めての視察なんです。

※3.11当時 当時の会社にてボランティア募集をしていたのですが、上司の判断で応募叶わず。

⇒あくまでも担当店舗の数字を作ることが命令として言われたのですが、今考えると人が減ることによる業務過多と実績低迷を懸念しての行動という意味もあったのだろうなぁと思いますね。

話戻しまして「南部合唱団」という活動で年1回行くのですが、初参加です。

バスで集合し、常磐自動車道にて福島県へ。

常磐自動車道でのPAで早速見慣れない電光掲示板

近隣の放射線量です。道行く計測地点でも。。。この日は浪江町周辺が一番高かったとの事。

それでも都内の年間被ばく量の100倍程度。

他にもこのような黒いビニール袋が並べられている場所が多く存在するのですが、これはというと。

汚染土の除去作業中の土との事でした。

一部避難地域の民家と避難解除済みだが農家が戻ってこない荒れた農地がそこかしこに存在しています。

ただその中でも復興農家である【三浦 広志】さんは言います。

『復興は人間なんだ』人が大事。

現在は『半農半エネ』に力を入れているとの事。

被災農地に再生可能エネルギー(風力、太陽光パネル)の設備を導入し

農業だけでは不安定な収入を再生可能エネルギー業である程度安定させて農業に力を入れていくという事。

その流れで、原発に依存しない環境を作ることが出来る。実に素晴らしい。応援しなければ!!

海岸に近い津波被災場所では、まだまだそのままの状況でした。

避難解除されて1年経過する浪江町駅周辺の状況も見ました。

壊れている空き家(動物が中にいる事もあるとか)や結局戻らないから業者に解体を進める状況も見られました。

浪江町役場に併設して少々お店が並んでいますが、週に3日営業。とか一日4時間程度営業。などなど

道を挟んで反対側には避難後そのままの商店があり対比になっていました。

やはり避難者(自主避難者含む)も戻ってこれない現状が多々あることを聞きつつ!!

乱雑な長文をお読みいただき、ありがとうございました!! 芋川 ゆうき

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