わたしが『暮らしの保健室』に携わった訳

こんにちは! 芋川ゆうき です。

わたしは川崎市に住んでいた時から『暮らしの保健室』という活動を行っています。

活動自体はもう6年くらいになるのでしょうか。

法人化したのが3年以上前です。

今日はこの暮らしの保健室に関わった話をしたいと思います。

約6年前、わたしは某外資系生命保険直販営業でした。

フルコミッションという世界ですから、お客さまから保険を預かれれば手数料として給料がもらえますが、保険を預かれなければ、給料がなくなる世界です。(厳密には保有している契約から手数料が分割されていくのですが細かい説明は割愛します。)

わたしは、例にもれずXマーケットと呼ばれる知人友人から営業を始めました。
(X、Y、Zとマーケットが広がります。)

やはり契約を預かれても、なかなか紹介をいただくことは難しく、摸索する日々が続いていました。

成功している保険営業マンたちの話を聞いたり、ダメ出しをいただくこと。
マーケティングやブランディングをお金を出して学ぶ日々。
中には、保険営業のノウハウを販売する企業に参加したり。
保険にとらわれず、広いビジネスを教えるような高額情報商材を購入したりもしました。
(この内容を知りたい方はご連絡ください。こっそり教えますよ!)

加えて、わたしのメンターは自力ですごい販売した実績もある方で、独特な営業方法や販売手法を教えてくれました。。。。
ですが、わたしの実力不足や練習不足、またその販売方法や属性が合わない。。。こともあり、うまくいきませんでした。

それでも、生活していかなきゃいけない。わけですので。
足を止めることわけにはいきませんでした。

その生命保険会社は折半募集があり、2名で行動をして、おたがいの挙績にすることができたので、わたしはほぼ同期で年齢も同じ気の合うHさんと一緒に行動をしていました。

2人で行動をして、Hさんの当時住んでいた横浜の団地を飛び込み営業したり、当時わたしの住んでいた武蔵小杉の住宅地に営業をかけていました。
それでもうまくいきません。

2人で意見を出し合い、セミナー型の営業を展開してみたいということで、武蔵小杉のマンションの営業を目指し、めげずに行動を起こしました。

マンションは管理組合がそれぞれ存在するので始めはマンションの管理組合に向けて行動を展開していたのですが、失敗の連続、その理由は武蔵小杉はエリアマネジメントがいろいろイベントなどの管理や運営、さらに防犯などさまざまなことを行っているとのことでした。
なのでマンションは管理組合はあれど、なかなか難しかったのです。

それでは。。。どうしようかと考えていながら地域を回っていたら。

偶然エリアマネジメントを見つけました。

飛び込みました。

そして、マンション住民向けにセミナー営業を行いたい旨を伝えると。

「営利目的なイベントはNG」と言われ一撃で断られました。

それでも、今までの失敗でわたしたちは打たれ強くなっていたのです。

「何か手伝えることはありますか」と食い下がったのです。

その中で、当時健康促進プロジェクトであった「プラスケアプロジェクト」があるが、その中のコンテンツで何か提案いただければ。。。との返答の中で。

ラジオ体操のお兄さんということで武蔵小杉でデビューしました。(笑)

ラジオ体操はもちろん体育の授業でやっていましたが、すでに覚えていません。

第二なんてあのゴリラみたいな動きしか覚えてません。
(その動きは好きだったので覚えてました。)

ということで、健康促進アクションで携わり、その後ラジオ体操理事に就任しました。
また、当時その健康促進アクションの外部アドバイザーの井田病院の西さんと知り合うことになりました。

健康促進アクションで希望する各マンションで年に数回、1日暮らしの保健室を手伝うことになったのです。
わたしは、保険屋の観点から、病気について明るい方が何かと良いという打算的な考えもあり手伝っていました。

その後、西がいろいろな活動をする意味から法人を計画しているという話を聞きつつ、わたしと保険営業仲間のHさんは一緒に理事に就任をしました。
また、そのタイミングで独立し複数の生命保険企業を扱う、生命保険代理店を立ち上げました。

この『暮らしの保健室』は定期的に地域の場所開く、医師や看護師と話ができるカフェです。人手が必要だったため、わたしたちは理事でありながらお手伝いをしていました。

西が『がんの緩和ケア専門医』であるため、来られる方はがんり患者やそのご家族などが多いです。
わたしたちはそこで、お手伝いしながらとにかく、がんについての実体験をさまざな聞かせていただいております。
また、西からは医学的見地と医療の現場の状況を。

そのおかげで、がん専門医と働く保険代理店 という強みを持つことができています。
保険代理店はHさんが続けてくれています。
(保険必要な方いましたらご紹介いたしますね。)

そして、今でも時間があれば現場の様子をHさん経由などでちょくちょく聞かせていただいております。また、理事の会議もネット会議で行っています。

現在この法人は
『暮らしの保健室』事業 複数個所
『川崎市社会的処方研究所』事業 と広くなっています。

この法人の理念は緩和医療の文化を変えるために活動しています。
孤立する社会を地域の力でなくすためです。

わたしはぜひ、目黒区でもこの社会的処方研究所を立ち上げたいと考えています。

お読みいただきありがとうございました。

下記リンクは理事で行っている『暮らしの保健室楽屋ウラ』です。

https://www.youtube.com/channel/UCL_mdFlkQvdqe88BlHt0F2Q

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください